YEAR

2018年

  • 2018年12月31日
  • 2020年5月14日

トレイルランニング初体験😃スリル満点〜でした。

トレイルランニング初級編 山の中のでこぼこ道をてくてくジョグするのです。初体験でした。 なぜ挑戦しようと思ったか?それはマラソンのランニングフォームを洗練させるためです。 登りや下りは平地と違って負荷が大きいです。体力を消耗しないフォームを身につければ、マラソンの42キロを走り通すことができるのでは […]

  • 2018年12月23日
  • 2020年5月15日

大波小波が打ち寄せるさいたま国際マラソン2018

  記録の更新が難しい、上級者が敬遠する「難コース」さいたま国際マラソン その理由は 後半のアップダウン 風 です。 あまりに不人気で定員が埋まらない。理由はそれだけではないでしょうが。(今年はめでたく埋まったらしいけど) 高低表に見えてこない小さな波が体力を奪う 新浦和橋 ランナーの心を […]

  • 2018年12月10日
  • 2020年5月15日

蓮田マラソンでスイーツを堪能してきたのです🍰

10キロマラソンに参加です🏃🏻‍♂️あなたは挑戦したことがありますか? 走り始めて3年になる私個人としては、初めての10キロレースとなりました。 今まではハーフマラソン(21.0975km)か、フルマラソン(42.195km)だけでしたから。 昔から短距離は苦手。だって生まれ持ったフィジカルな要素が […]

  • 2018年11月23日
  • 2020年5月15日

超アスリートが集うハーフマラソン大会|上尾シティマラソン

ドドドドドド・・・ドドドドドド・・・・ 450人を超える学連登録のランナーたちが王蟲の群れ(風の谷のナウシカ)の如く疾走する。さらに招待選手の設楽悠太さん、川内優輝さん、神野大地さん、そしてスーパーアスリートたちが突き抜ける。 第31回上尾シティマラソン(ハーフマラソン)2018 学連登録のランナー […]

  • 2018年11月9日
  • 2020年5月15日

城下町を走り抜けよう!第四回金沢マラソン2018はお祭りだった😄

「あなたの顔は分からない。背中しか見えていない。でも一緒に戦った友となった」 金沢マラソン2018実走 太鼓の重低音が我が身を打ち震わし鼓舞します。子供達の叫び声は気持ちを高揚させ、ブーストを効かせます。初めの10キロはお祭り気分👻で快走でした。 金沢マラソンのホームページ 8度目のフルマラソンの挑 […]

  • 2018年10月12日
  • 2020年5月15日

『まんが医学の歴史』レビュー

『まんが医学の歴史』(作:茨木保/医学書院) ずばり永久保存版です 近代医学のルーツです。実は医学生はこの辺りの知識が乏しいです。国家試験に出ませんし。。かく言う私も医学の歴史はよく知らない。恥ずかしながら野口英世の伝記を読んでいたくらい。 この漫画は教えてくれます。医学の歴史は人が喜び、悲しみ、努 […]

  • 2018年10月5日

美容外科技術の進歩の恩恵に浴していることに多くの人が気づいていない事実

美容外科の診療技術が進歩し、価格がリーズナブルに、かつ安全になってきました。 「まだ施術を受けていないあなたも恩恵を被っている。」といったら信じられますか? Name え?なぜ?わたしも? かつて「ハワイ旅行」は贅沢な余暇の過ごし方でした。なぜならば値段が異常に高かった。ハワイに行きたくても行けない […]

  • 2018年10月2日

藤田嗣治が描く鼻は”人中”がセットになっている|東京都美術館

「乳白色の下地」を開発した藤田嗣治。「自分独自のコンセプトを開発したい。色は捨てよう。モノクロがいい。いや、白い色を用いる画家はいないぞ。これだ」 色彩豊かに表現するヨーロッパの画家たちに囲まれ、差別化をはかるべく「乳白色」を手に入れたFoujita。 藤田嗣治展 「乳白色の裸婦」 乳白色のグッタリ […]

  • 2018年9月25日
  • 2020年5月15日

物見山公園で峠走。一気に2キロ半を駆け下りる(車道を走らないので安全)

「峠走でマラソンの脚をつくる」 下り坂を駆け下りることで、「着地筋(大腿四頭筋など)を刺激し、マラソン後半の失速に備える」 著者、岩本さんは「峠走」を勧めています。 さらに最近の著書 下りで「フォーム」と「着地筋」、上りで「推進力」と「心肺機能」を鍛えましょうとのこと。 いずれにせよ!マラソン大会の […]

  • 2018年9月11日
  • 2020年5月14日

セルバン教授のはみ出たお腹

飛び出たまあるいお腹から「おへそ」がチラリ、ホラリ それはジャン・マリー・セルバン医師による教授回診@パリ第七大学病院形成外科のシーンだ。 そのセルバン教授の訃報に接した 時は10年以上遡る。 医師になって7年程であった私はパリのサン・ルイ病院(Hôpital Saint-Louis)に2ヶ月ほど遊 […]